『なれのはて』のラストシーンについて

※一読者がこう考えたと言うだけの記録です。ネタバレあり。

 


著者が言い切った「本気を出した」という言葉は全く相応なものであった。


『なれのはて』


発売当初から賞候補に入ってくるだろうという見立ても多かった、紛うことなき力作である。

(第170回直木三十五賞ノミネートおめでとうございます🎉)

石油で財を成したある一族の栄華、戦争、やるせない人間と家族たちの“なれのはて”が描かれる。凄まじい激動感と土着感。この大きな物語を見事に読ませるリーダビリティ。研ぎ澄まされた“描写力”が一切動ずることなく扱っている。しかし件の「加藤シゲアキの描写力」が、よもやここまで飛躍するとは。なんという貫禄であろう…。

既に出ている書評や読者家の感想を見ると、この作品はその重厚さとリーダビリティを示すに著名作家の名を引いて語られることが多くなっているようだ。大江健三郎中上健次、ガルシア=マルケス松本清張横溝正史水上勉…いや、これだけの名が出てきて語られるのもすごい。実際に私も、描写力の鮮やかさは件のものがさらに高みに昇りつつ、ストーリーはあの人のあれに似ている、みたいな印象を持つ部分は多分にあった。これまでとまるで違うと思った。

しかし最後の最後、あの迎えた最終節を読んで思わず「加藤シゲアキ作品だ!」と声が出た。それまでと色が違う。最後の最後に加藤シゲアキの自我が出てきたようだった。

恐らくここ、この作品が「強いて」抱える唯一の争点でもあろう。既に読んだ人の声にも「強いて」と前置きして少しだけ見られる批評がある。歴史的作家に例えて語られる種類の厚み・迫力と並んだ時、拍子抜けするほど美しく、語弊を恐れず私個人の印象を言うならば「違和感さえある」ほど加藤さんだったと思う。

 

(世の中の一部の声)
・作者都合と感じられる“偶然”がある。
・最後がハッピーエンドすぎ。読者に社会的な問いを明確に残す終わり方がよかったのではないか
・内容は良いけれども、最後に再会したというシーンまで描くと、上手く行きすぎな感じがする。そこは想像に委ねても良かったのではないか

 

その通りだろうと思った。

そしてだからこそ、敢えてではないかと思った。むしろどうしてでも伝えるべき確定事項だったのではないか。あの結末だからこそ、「加藤シゲアキ作品」であり、ずっと一貫していた著者の想いが導いたものではないかと感じた。
はたして意識的なものか無意識かはわからないが、ここに併せて「報道のあり方」に言及しているのも、あるいは彼自身の思いを多めに含ませる箇所に敢えて定めたからではないかとも思った。

ちなみに私の予想は“社会や人間への問いを訴えて終わる”だった――体裁的にそっちの方が楽な気がする――が、それが予想外に終わったわけで、完璧に構築された小説だからこそ「賛否両論の余地」として感じ、結果本書がなぜ書かれたのかをもう何度も考えている。
つまり結論として、加藤シゲアキ自身の意思が含まれた作品の個性であると効果的に捉えたわけだ。

 

そもそも、

物語の発端は吾妻に衝撃を与え、彼女の人生を変えた「1枚の絵」だった。主人公たちが動く理由は展覧会で多くの人に絵を見てもらうため。すなわち、この物語の主題としてあるのは何より
「エンターテインメントの力」だ。

 

加藤さんはこのように語っていた。

戦争を記した優れたノンフィクションもたくさんあるのに、なぜ小説という形で僕がやる必要があるのか。ノンフィクションを読めばいいじゃん、となると思うけれど、でもそれだとたぶん若い人には届かないし、これが全部、戦争の資料だったら読めない人もいると思う。物語にすることで人の心により深く入れるというのは、僕自身が経験してきているので、すごく難しいけれど、そこに目を背けずに挑戦する。

加藤シゲアキが描いた“戦争”「広島に生まれた僕が、秋田の“終戦前夜の空襲”を知りました」(小暮 聡子) | FRaU

 

だからこの小説の結論は、社会の不条理をメインにするのではなく、“エンターテインメントが時空を超えて人の心に届き、動かした” ことでなければならない。実際、最後の展示会のシーンで

冷めない熱が、これらの絵には込められている。

そして人にはそれらを読み取る力がある。思いを馳せる力がある。

(「なれのはて」小説現代23.10号271頁)

と明確に記述している。

だから絵がついに、引き離されたふたつの人生を繋ぎ続け、数十年を経て再会までさせたという明確な結果が必要だったのではないか。過去と今を繋いでいる芸術の力で動いていた話だ、と原点回帰するために効果的だったのだ。
本書を書いた根本的な意義を考えたら、むしろこのラスト以外ありえなかったとさえ思っている。

 

それでも「所詮綺麗ごと」と言われるかもしれない。それはそれで否定はしない。でも私個人としては、あのラストシーンに関しては確かにトントン拍子の部分はあれど、それを所詮綺麗事では済ませたくないし嘘だと言われたくない。

深淵を知ろうとし、積極的に自らの立場やあり方を問うてきた者は、様々な物事を丁寧に救い、かけがえのないものを捉えて努力することができる。そういう姿勢が、まるで導かれたように縁を呼ぶ。それを運命と呼ぶんだろうと思っている。

NEWSのアルバム『音楽』のエピソード(*1)や『なれのはて』の執筆のきっかけなど、導かれるような縁の力というのは加藤さんがエンターテインメントをやっているなかでの実体験としても聞く。運命のような瞬間を引きつけることを加藤さんが実践しているのだから、その感覚をそのままに書いたのなら、それはこの作品の“性格”のようなものだと思った。

何より、人が人生を投じてつくったものは、それが形として残る限り、時空を超えてでも必ず誰かに伝わるというのは、様々な芸術(絵画や本、そして音楽も)で証明されている。

 

(追記24.1)さらにこれを決定づける言葉を聞いた。

ガザ・パレスチナ戦争で図書館が焼かれた。なぜ書物が焼かれたのかといったら、書物が怖いということだ。プロパガンダには絵や映画が使われる。戦意高揚が絵や物語なのかといったら、それくらい戦争にとっては文化が怖いということだ。ということは、文化の力は戦争に匹敵する。文化を大切にするということは戦争と戦える方法だと思った。まだ文化の力を信じていいんだなと思う

(2024.1.1  AuDeeプレミアム   太田光×加藤シゲアキ 「笑って、なれのはて」より要約)

 

“エンターテインメント”の最前線・最高峰を担う者として――自らの存在とともに常にその意義と熱情を確認(覚悟)し続けてきた人生で――その身をもって「心に届ける」その力と方法を知っているからこそ、最後は溢れるように、あのラストに向かわずにはいられなかったのではないかという気さえしたのだ。

 

23.10.3

 

 

 

 

 


追記:23.12.17日、小川哲さんのラジオでこのラストシーンについて加藤さんが語った。
はじめのプロットからラストシーンだけ大きく変わったとのこと。初めは祖母の青春景色を予定していたが、結果的にああなっていったとのこと。曰く
「過去と現代っていうもので、やっぱり歴史って接続してるじゃないすか。常に。それを書きたかったんで、やっぱそうやって書いてると、あれ以外終わりはないんですよね。」
(やはり…!!)
小川さんは「彼(登場人物)によって、色んな終わり方があったと思うけど、あれしかないだろうなっていう所に行き着いた」「よく予定調和から逃げなかった」とのこと。
「逃げなかった」……なるほど腑に落ちた気がする。
他ではここまで話されなかったのでとても良かった。